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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11114号 判決

原告 佐藤光三朗 外一名

被告 株式会社第一相互銀行

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告佐藤光三朗に対し、金九五六万四、四二六円及びこれに対する昭和三三年四月一日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告山口邦男に対し、金四七六万七、七六八円及びこれに対する昭和三三年四月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

(原告佐藤光三朗)

一  請求原因

(一) 原告佐藤は無尽給付及び貸付等の業務を営む被告との間で継続的取引をしていたが、昭和三〇年五月一六日被告に対し、右取引によつて生じた債務及び将来発生する債務を担保するため、譲渡担保として、同原告の所有にかかる別紙物件目録(一)、(二)及び(五)記載の各物件(以下、それぞれ本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物という。)の所有権を譲渡した。なお、別紙物件目録(三)記載の土地(以下、本件(三)の土地という。)は右担保物件の中には含まれていなかつた。

(二) 原告佐藤は昭和三二年二月一〇日被告に対し、前記(一)、(二)の土地及び(五)の建物を売却し、その売却代金から、売却時における当事者間の債権債務及び売却処分のために被告が支出した諸費用一切を清算したうえ、剰余があればこれを同原告に返還するよう委託した。

(三) 被告は昭和三三年三月三一日前記委託にもとづき、訴外日本レール鋼材株式会社(以下、単に日本レールという。)に対し、前記物件及び本件(三)の土地を売却したので、右時点において原告佐藤と被告との間の債権債務一切が清算されることとなつた。そうして、右担保物件が前記のとおり譲渡担保とされていたことに鑑みるときは、前記委託による清算は、右担保物件の右時点における適正な価額に基づきなさるべきものであるところ、右の価額は合計金二、五七三万四、四三七円(本件(一)及び(二)の各土地は合計金二、〇六九万八、八一七円、本件(五)の建物は金五〇三万五、六二〇円)である。

(四) ところで、原告佐藤は右売却当時被告に対し、左記(1) ないし(4) のとおり合計金一八三万七、五六二円の債権を有している一方、後記「抗弁に対する認否(一)」記載のとおり合計金一、八〇〇万七、五七三円の債務を負担していた。

(1)  別段預金 金一一四万四、四八三円。

同原告は被告に対し、昭和三一年四月一九日右金員を預け入れた。

(2)  株式配当金及び株式売却代金 金一七万八、四三九円。

同原告は昭和三〇年一月六日被告に対し、株式を預託したところ、被告はその後右株式の配当金として金一、一二五円を受領し、さらに昭和三二年二月一〇日右株式を金一七万七、三一四円で他に売却した。

(3)  弁済預託金 金二〇万円。

同原告は、昭和三〇年一二月一二日被告に対し、(一)記載の債務の一部の弁済にあてる趣旨で金二〇万円を預託した。

(4)  損害金 金三一万四、六四〇円。

被告は、前記(1) ないし(3) 記載の各金員合計金一五二万二、九二二円を、遅くとも昭和三二年二月一〇日までに、同原告の被告に対する(一)記載の債務の元本の弁済に充当しえたにもかかわらず、これを放置したため、右債務元本に、右の日から日歩五銭の割合による遅延損害金が付加されることになつた。従つて、同原告は、被告が前記金員を遅滞なく債務元本の弁済に充当することを怠つたことにより、昭和三二年二月一〇日から清算時点である昭和三三年三月三一日まで右金員に対する日歩五銭の割合による損害を被つたことになる。

(五) よつて、原告佐藤は被告に対し、(二)の約旨に基づき、本件譲渡担保の目的物件の売却時における適正価額金二、五七三万四、四三七円と(四)記載の同原告の被告に対する債権金一八三万七、五六二円の合計金二、七五七万一、九九九円から、同原告の被告に対する(四)記載の債務金一、八〇〇万七、五七三円を控除した金九五六万四、四二六円を清算剰余金として支払うことを求め、かつ、右金員に対する本件担保物件売却の日の翌日である昭和三三年四月一日以降支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は、本件(二)の土地の範囲を除き認める。本件(二)の土地のうちには、本件(三)の土地が含まれていた。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)のうち、被告が原告佐藤主張の各物件と本件(三)の土地を売却したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は右物件及び本件(三)の土地を合計金一、六〇〇万円で売却したが、これは当時における適正な価額である。

(四) 同(四)(1) ないし(3) の事実は認める。ただし、被告は昭和三二年五月三一日原告佐藤に対し、(3) の弁済預託金全額を返還した。同(四)(4) の主張は争う。すなわち、被告が、同原告との間の債権債務一切を清算する時期以前において、同原告主張の(1) ないし(3) の各金員を、同原告の被告に対する債務元本の弁済に充当すべき義務を負ういわれはない。

三  抗弁

(一) 被告は、原告佐藤主張の各物件及び本件(三)の土地を売却した当時、原告佐藤に対し、左記(1) ないし(13)のとおり合計金二、〇五二万七、五三七円の債権を有していた。一方、右物件の売却代金は、前二、(三)のとおり金一、六〇〇万円であり、また、同原告の被告に対する債権総額は同(四)のとおり金一三二万二、九二二円である。従つて、同原告主張の約旨によりこれらを彼是清算すると、同原告主張のような清算剰余金が生ずる余地はない。

(1)  貸付金 金八九二万七、二七四円。

(2)  右貸付金に対する遅延損害金 金四一九万四、三八二円。

(3)  公正証書作成手数料 金五万一、六一五円。

(4)  不動産取得税 金二五万二、七五三円。

(5)  登録税 金四一万八、〇五五円。

(6)  不動産管理費 金九九万一、九四〇円。

(7)  火災保険料 金一一万九、〇〇〇円。

(8)  無尽給付、保証債務等 金一九七万八、七二〇円。

(9)  無尽給付、保証債務等に対する遅延損害金(その詳細は、別紙遅延損害金計算表記載のとおり。) 金一〇八万九、三六八円。

(10) 固定資産税及び都市計画税 金二八万四、四三〇円。

被告が本件担保物件に対する昭和三一年度ないし三三年度の固定資産税及び都市計画税として負担した金額は、別紙税額表記載のとおり合計金三七万六、八一九円であるが、そのうち金二八万四、四三〇円は原告佐藤が負担すべき金額である。

(11) 立退料 金一二〇万円。

被告は本件担保物件を有利に売却するため、本件(一)の土地の一部(三五坪)を原告佐藤から賃借して、その地上に建物を所有していた訴外柏原久子に対し、昭和三二年一二月三一日金一二〇万円を支払つて、右土地から立退かせた。

(12) 示談金 金七〇万円。

被告は、原告山口との間で本件(三)の土地の所有権の帰属について紛争が生じたので、昭和三二年四月八日同原告に対し、金七〇万円を支払つて、右紛争を解決した。

(13) 売却仲介手数料 金三二万円。

被告は訴外山口龍に対し、本件担保物件の売却仲介を委託し、同訴外人の仲介によつて右物件の売買契約が成立したので、昭和三三年三月二九日同訴外人に対し、売却仲介手数料として、金三二万円を支払つた。

(二) 仮りに、原告佐藤が被告に対し、いくばくかの清算金返還請求権を有するとしても、右債権は、本件担保物件が売却された昭和三三年三月三一日から、五年もしくは一〇年を経過した昭和三八年三月三一日もしくは昭和四三年三月三一日をもつて、時効によつて消滅した。よつて、被告は右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)のうち、(1) ないし(8) の事実は認める、(9) の遅延損害金は合計金九〇万四、一〇四円である、(10)の税額は合計金一六万九、七三〇円である、(11)の事実は知らない、(12)のうち、被告が原告山口に対しその主張の日に金七〇万円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する、(13)の事実は否認する。仮りに被告が(11)ないし(13)の金員を支出したとしても、それらは本来被告において負担すべきものであつて、原告佐藤がその主張の約旨により負担すべき諸費用には含まれない。従つて、同原告が本件担保物件の売却当時被告に対し負担していた債務は上記の合計金一、八〇〇万七、五三七円である。

(二) 同(二)の主張は争う。

(原告山口邦男)

一  請求原因

(一) 原告山口は、昭和三〇年四月五日原告佐藤から、同原告に対する金一二〇万円の貸金債権の弁済に代えて、同原告の所有にかかる本件(三)の土地の所有権の譲渡を受けた。

(二) 被告は、原告佐藤の請求原因(一)のとおり、昭和三〇年五月一六日同原告から譲渡担保として、本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の所有権の譲渡を受けたものであるが、被告は、右担保物件中には本件(三)の土地が含まれていないことが明白であるのに、敢えて、右(三)の土地をも処分し得るものとして、これを昭和三三年三月三一日本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物とともに日本レールに売却した。

ところが、その後本件(一)ないし(三)の土地について、東京都の都市計画区画整理事業による換地処分が行われ、本件(一)及び(二)の土地の換地として、昭和三九年六月一一日別紙物件目録(四)記載の土地(以下、本件(四)の土地という)が指定されたが、その際本件(三)の土地は本件(一)及び(二)の土地の一部(増坪)として扱われたため、原告山口は本件(三)の土地の返還を請求することが不可能となつた。

従つて、同原告は被告の右不法行為によつて本件(三)の土地の所有権を失つたものというべきである。

(三) よつて、原告山口は被告に対し、右不法行為による損害の賠償として、本件(三)の土地の右売却時の価格である金四七六万七、七六八円、及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和三三年四月一日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)のうち、原告佐藤がもと本件(三)の土地を所有していたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同(二)のうち、被告が原告山口主張の日に原告佐藤から譲渡担保として、本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の所有権の譲渡を受けたこと、右担保物件を日本レールに売却した際、本件(三)の土地も合わせて売却したこと、本件(一)及び(二)の土地の換地として、本件(四)の土地が指定されたが、その際本件(三)の土地は本件(一)及び(二)の土地の一部(増坪)として扱われたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は昭和三〇年五月一六日原告佐藤から、本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の所有権の譲渡を受けた際本件(三)の土地を本件(二)の土地の一部として譲渡を受けたのであるから、その後これを売却したとしても、何ら不法行為とはならない。

三  抗弁

(一) 被告は昭和三二年四月八日原告山口との間で、被告は同原告に対して金七〇万円を支払い、同原告は被告に対して本件(三)の土地を譲渡する旨の和解契約を締結し、これによつて、被告と同原告との間で本件(三)の土地の所有権の帰属に関して生じた紛争は一切解決されたのであるから、同原告は被告に対し、もはや右土地の所有権を侵害されたことによる損害賠償の請求をすることができない。

(二) 仮りに、原告山口が被告に対し、損害賠償請求権を有するとしても、右債権は、昭和三三年三月三一日から三年を経過した昭和三六年三月三一日をもつて時効により消滅した。よつて、被告は右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実は争う。原告山口は前記のとおり換地処分によつて本件(三)の土地の返還を請求しえなくなり、これに代えて損害賠償請求をする外なくなつたが、このことが確定的に明らかとなつたのは昭和四四年六月であるから、本件損害賠償請求権の消滅時効は右時点から進行を始めると解すべきである。従つて右請求権は本訴提起当時には未だ時効により消滅していない。

五  再抗弁

(抗弁(一)に対して)

(一) 被告は、本件和解契約締結当時、原告佐藤から債権の譲渡担保として所有権の移転を受けていた本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の価額が、同原告の被告に対する債務総額を上回つていたのに、原告山口に対し、右担保物件だけでは右債務総額に不足する旨虚偽の事実を申し向けて欺罔したため、その旨誤信した同原告は、原告佐藤の債務を担保するため、被告に本件(三)の土地を譲渡する旨の前記和解契約を締結するに至つたものである。そこで、原告山口は被告に対し、昭和四三年一一月一四日ころ到達の内容証明郵便で右和解契約を取消す旨の意思表示をした。

(二) 被告は前記和解契約において原告山口に対し、原告佐藤が保証人として求償権を行使するに必要な保証債務証書を直ちに返還することを約したのに、これを返還しないので、原告山口は昭和三二年五月被告に対し、同年末までにこれを返還するよう催告し、その後前記和解契約を解除する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

第一原告佐藤の請求について

一  原告佐藤は無尽給付及び貸付等の業務を営む被告との間で継続的取引をしていたが、昭和三〇年五月一六日被告に対し、右取引によつて生じた債務及び将来発生する債務を担保するため、譲渡担保として、同原告の所有にかかる本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の所有権を譲渡したこと、同原告は昭和三二年二月一〇日被告に対し、右譲渡担保の目的物件を売却し、その売却代金から、売却時における債権債務及び売却処分のために被告が支出した諸費用一切を清算したうえ、剰余があればこれを同原告に返還するよう委託したことは当事者間に争いがない。

二  原告佐藤は、本件譲渡担保の目的物件の中に本件(三)の土地は含まれていなかつたと主張するのに対し、被告は、右土地は本件(二)の土地の一部として右担保物件中に含まれていたと主張してこれを争うので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない甲第一七号証、原本の存在とその成立に争いのない乙第四号証、物件の表示部分を除くその余の部分の成立に争いがなく、右物件表示部分については証人小沼健蔵の証言によつて真正に成立したと認める乙第五号証、同証人及び証人小林千弘の各証言を総合すると、本件(二)及び(三)の土地は海岸の埋立によつて造成された一帯をなす土地であるところ、そのうち本件(二)の土地は既に登記されているが、本件(三)の土地は未登記であつたこと、原告佐藤が被告との間で前記譲渡担保の設定契約を締結した際に作成された「念書」(甲第一七号証)には、本件(三)の土地が右担保の目的物件の中に含まれることは明示されていなかつたが、被告としては、右土地が右のように独立した物件ではなく、しかも、特にこれを除外する旨の申出でもなかつたことから右土地は本件(二)の土地の一部として当然に右目的物件の中に含まれるものと考えていたこと、同原告はその後右担保の目的物件を自ら売却して、その代金を債務の弁済にあてようと考え、被告からその旨の承諾を得たが、容易に買手がつかなかつたため、昭和三一年ころ被告に対し、口頭で右目的物件の売却方を申入れたこと、被告は右申入にもとづき、売却の準備として、右物件の範囲を明確にするため、本件(一)ないし(三)の土地の外周に柵を設けたところ、さきに原告佐藤から本件(三)の土地の所有権の譲渡を受けていた原告山口との間で、同年一一月ころその所有権の帰属について紛争を生じたこと、被告は右紛争の処理に努める一方、前記物件の買手を探していたところ、訴外松江保行がこれを買受けたいとの意向を示したので、昭和三二年二月一〇日原告佐藤から、松江に右物件を売却することの承諾をあらためて書面で取りつけるとともに(この書面が乙第五号証である)、担保の目的物件の中に本件(三)の土地が含まれることを右書面中で明らかにしたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定の事実によれば、原告佐藤が被告に対して譲渡担保を設定した昭和三〇年五月一六日当時、その目的物件の中に本件(三)の土地が含まれているか否かは表面上は必しも判然としていなかつたが、遅くとも、同原告が被告に対し、本件譲渡担保の目的物件を被告において売却することを承諾してその旨の書面を差入れた昭和三二年二月一〇日までには、右目的物件の中に本件(三)の土地が含まれることが明らかになつたものと認めるのが相当である。

三  被告が昭和三三年三月三一日前記委託にもとづき、日本レールに対して本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物を売却したことは当事者間に争いがなく、証人小林千弘の証言によつて真正に成立したと認める乙第六号証及び同証人の証言によれば、右売買代金は合計金一、六〇〇万円であつたことが認められる。

原告佐藤は、右売却時における本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物の適正な価額は合計金二、五七三万四、四三七円(本件(一)、(二)の土地は合計金二、〇六九万八、八一七円、本件(五)の建物は金五〇三万五、六二〇円)であるから、被告は同原告に対し、右適正価額にもとづいて前記清算をなすべき義務があると主張し、被告は、前認定の金一、六〇〇万円が本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物の適正な価額であると主張する。

ところで、前認定の、原告佐藤から被告に対する本件譲渡担保の目的物件の売却及び清算の委託は特段の事情の認められない本件においては、右譲渡担保を実行するためになされたものであると認めるべきであるが、このことを考えると、被告は、前記土地及び建物を適正な価額で処分すべきものであり、もし、被告のした現実の処分価額が適正な価額に達しなかつたときは、特段の事情のない限り、清算は適正な価額に基づいてなされるべきものと解するのが相当である。

そこで、本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物の右売却時における適正な処分価額について判断する。

まず、鑑定人鐘ケ江晴夫の鑑定の結果によれば、本件(一)ないし(三)の土地の前記売却時における取引価額は合計金二、五八五万二、〇〇〇円を以て相当とすることが認められ、また、弁論の全趣旨によつて原本が存在し、真正に成立したと認める甲第三四号証及び証人小林千弘の証言によれば、本件(五)の建物の右当時における取引価額は金二〇〇万円ないし三〇〇万円を以て相当とすることが認められる。

ところで、本件のように当事者が担保の目的である不動産を売却処分して、その代金を以て債権債務の清算をしようとする場合には、通常一定の期間内に処分をする必要があるが、このような処分は、当該不動産がその形状、地域性等からみて処分しやすいものであるかどうか、当時不動産取引が活発であるかどうか等の諸事情に強く影響されるものであることを考えると、前叙の適正な処分価額の判断にあたつては、取引価額として相当であるとされる額のみに拘泥することなく、物件売却のために許容される期間の長短、物件の潜在的買手の多寡、処分時における不動産取引の状況等の諸般の事情を合わせ考慮することが必要である。

そこで、これを本件についてみるのに、前顕乙第五、第六号証、原告山口の本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第一八号証、証人小沼健蔵、同小林千弘、同川副善邦及び同鐘ケ江晴夫の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告佐藤は、被告をはじめその他の者から借受けた多額の金員を早期に返済する必要に迫られたため、前二認定のとおり本件譲渡担保の目的物件を自ら売却して被告に対する債務を弁済し、剰余があれば他の債務の弁済にあてようと考え、被告の承諾を得たうえ、これを売却しようと努めたが、容易に買手がつかなかつた。

(2)  そこで、同原告は昭和三一年ころ被告に対し、前二認定のとおり本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物の売却を委託した。被告は右委託にもとづいて、右物件を売りに出したところ、松江保行がこれを金二、〇〇二万円で買受けたいとの意向を示したので、このことを同原告に伝えたところ、同原告は昭和三二年二月一〇日その価額で売却することを異議なく承諾したが、その後松江保行の資金繰りがつかなかつたことなどから、右売買の話は不成立に終つた。

(3)  そのため、被告はその頃不動産業者である訴外山口竜に右物件の売却仲介を委託した。山口竜は右委託にもとづいて仲介に着手したが、本件(一)ないし(三)の土地は間口が狭く奥行の長い形状であつたことや、そのころ金融引締の影響で不動産取引が停滞していたことなどから容易に買手がつかなかつた。

(4)  その後、山口竜は日本レールに右物件の売買の話を持込んで交渉を重ねた末、昭和三三年三月三一日同会社との間で、本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物を代金合計金一、六〇〇万円で売買する契約を成立させた。なお、右売買代金の決定にあたつて、本件(五)の建物については、日本レールが右建物を必要としなかつたうえに、右建物は昭和二二年ないし二七年に建築され、すでに六年ないし一一年を経過しており、手入もいきとどいていなかつたことから、右建物は無価値のもの即ち価額零という評価がなされた。そうして、土地上に建物があるがそれが右(五)の建物のようにかなり旧いものであつて、買主が土地のみの取得を欲する場合には、建物の除去に要する費用を特に考慮しないかわりに、建物の価額を零として、土地の価額のみによつて土地建物全部の代金額を定めるのが取引の通例であり、本件もその例にならうものであつた。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定の事実、特に原告佐藤は被告らに対する多額の債務を返済するために担保の目的物件を早急に売却する必要に追られていたが、本件(一)ないし(三)の土地の形状や当時不動産の取引が停滞状況にあつたこと等から容易に買手がつかなかつたこと、本件売買契約の成立する約一年前、被告は本件土地、建物を金二、〇〇二万円で売却することとし、同原告もこれを異議なく承諾したが、この売買の話は買手の資金繰りがつかなかつたことなどから不成立に終つてしまい、その後は容易に買手がつかず、不動産業者の仲介によつて昭和三三年三月にようやく代金一、六〇〇万円で売却することができたことを考えると、昭和三三年三月三一日当時被告が譲渡担保の目的である本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物を一括して、前認定のような取引価額で実際に売却することは困難であつたといわざるを得ない。しかし、右認定のとおり、約一年前には、一旦代金二、〇〇二万円を以て売買契約成立のはこびとなつたことがあることを考えると、被告の日本レールに対する売却価額金一、六〇〇万円は、前認定の被告の販売のための努力を考慮にいれても、なお、いささか低廉にすぎるという外なく、これを以て、右物件の適正な価額であるとすることには躊躇せざるを得ない(なお、本件においては、被告が不当に右物件を低廉な価額で売却したものと認めるに足りる証拠は何もない。)。結局、前記取引価額と前認定の諸事情を総合して判断すると、本件における前記物件の適正な価額は、合計金一、九〇〇万円と認めるのが相当である。

四  そこで、原告佐藤主張の前記一の約旨に従い、同原告との間の債権債務を清算することになるが、まず本件物件売却当時、同原告が被告に対して有していた債権の額について判断する。

(一)  同原告が右当時被告に対し、別段預金金一一四万四、四八三円と株式配当金及び株式売却代金の引渡請求権金一七万八、四三九円、以上合計金一三二万二、九二二円の債権を有していたことは当事者間に争いがない。

(二)  弁済預託金について

同原告が昭和三〇年一二月一二日被告に対し、債務の一部の弁済にあてる趣旨で金二〇万円を預託したことは当事者間に争いがない。しかし、成立に争いのない乙第七号証と証人小林千弘の証言によると、被告は昭和三二年五月三一日同原告に対し、右金員を返還したことが認められ、他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。従つて、この債権は既に消滅したものである。

(三)  損害金について

同原告は、被告が前記別段預金・株式配当金・株式売却代金及び弁済預託金を、遅くとも昭和三二年二月一〇日までに、同原告の被告に対する債務元本の弁済に充当しえたのに、これを怠つたため、損害を被つたと主張するが、被告に右金員を同原告の債務元本の弁済に充当すべき義務があることを認めるに足りる的確な証拠はない。従つて、同原告の右主張は失当であつて、この債権は存在しないものというほかない。

従つて同原告が本件物件の売却当時、被告に対して有していた債権の総額は右(一)の金一三二万二、九二二円のみであると認められる。

五  つぎに被告の原告佐藤に対する債権額を明らかにするため、被告の抗弁(一)について順次判断する。

(一)  被告が本件物件の売却当時同原告に対し、貸付金金八九二万七、二七四円、右貸付金に対する遅延損害金金四一九万四、三八二円、無尽給付、保証債務等金一九七万八、七二〇円、いずれも同原告の負担すべき公正証書作成手数料金五万一、六一五円、不動産取得税金二五万二、七五三円、登録税金四一万八、〇五五円、不動産管理費金九九万一、九四〇円、火災保険料金一一万九、〇〇〇円以上合計金一、六九三万三、七三九円の債権を有していたことは当事者間に争いがない。

(二)  無尽給付、保証債務等に対する遅延損害金について

証人豊谷秀光の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は前記売却当時原告佐藤に対し、無尽給付、保証債務等に対する遅延損害金として、別紙遅延損害金計算表記載のとおり、合計金一〇八万九、三六八円の債権を有していたことを認めることができ、他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。

(三)  固定資産税及び都市計画税について

成立に争いのない乙第九ないし第一四号証及び証人小林千弘の証言によれば、被告は本件譲渡担保の目的物件に対する昭和三一年度ないし三三年度の固定資産税及び都市計画税として、別紙税額表記載のとおり、合計金三七万六、八一九円を支出したことを認めることができ、他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。この金員は、前記一の約旨により清算をする以上、当然同原告において負担すべきものであるが、被告が、同原告において負担すべきものと主張するのは、そのうちの金二八万四、四三〇円である。

(四)  立退料について

前顕甲第三四号証、成立に争いのない乙第一八号証、証人小林千弘の証言によつて真正に成立したと認める乙第一五ないし第一七、第一九号証及び同証人の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被告は昭和三二年一二月三日本件物件の売却を有利に行うため、本件(一)の土地のうち三五坪を原告佐藤から賃借して、その地上に建物(建坪一二坪)を所有していた訴外柏原久子に対し、立退料として金一二〇万円を支払つて右土地から立退かせることとし、右建物取毀に着手した同月七日に金八〇万円、取毀の完了後である同月三一日に金四〇万円を支払つて、同月中に同人を立退かせたことを認めることができ、原告山口の本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他にこれを覆すに足りる的確な証拠はない。

そして、右認定の事実に前記三認定のとおり本件物件は早急に売却する必要があつたことを合わせ考えると、右金一二〇万円の立退料の支払は、右物件を有利に売却するため、被告のした止むを得ない支出と認めるのが相当であるから、原告佐藤主張の前記一の約旨にいう売却処分のための諸費用に含まれるものである。

(五)  示談金について

被告が昭和三二年四月八日原告山口に対し、金七〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に前記二認定の事実並びに前顕甲第一八号証、成立に争いのない甲第八号証、同第二五号証、乙第一ないし第三号証、原告山口の本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第一六号証の一、二(但し、第一六号証の一については、原本の存在とその成立を認める)、弁論の全趣旨によつて原本の存在とその真正に成立したことを認める甲第二三号証、証人小沼健蔵、同小林千弘の各証言、原告山口の本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告佐藤は、原告山口らから多額の金員を借受けていたので、未登記であつた本件(三)の土地を担保に、これら債務の弁済資金を調達し、剰余があれば自己の資金として使用する意図のもとに、昭和二九年六月三〇日原告山口に対し、右土地を担保に金員を借受ける権限を与えたが、右借入が実現しないうちに、さらに同原告に対し、右土地を同原告が適当と認める方法で処分し、その代金で前記債務を弁済し、剰余があれば原告佐藤に返還してもらう趣旨で、昭和三〇年四月五日右土地の所有権を譲渡した。

(2)  一方、原告佐藤は昭和三〇年五月一六日被告に対し、譲渡担保として、本件(一)ないし(三)の土地及び(五)の建物の所有権を譲渡した(なお、その際本件(三)の土地も結局右担保の目的とされたことについては既に二で認定したとおりである。)。ところで、原告佐藤は、昭和三一年ころ被告に対し、右担保の目的物件の売却を委託し、被告は右委託にもとづき、売却の準備として、右担保物件の範囲を明確にするため、本件(一)ないし(三)の土地の外周に柵を設けたところ、前記(1) のとおり原告佐藤から本件(三)の土地の所有権の譲渡を受けていた原告山口との間で右土地の所有権の帰属について紛争を生じた。

(3)  そこで、被告は昭和三二年二月一〇日原告佐藤から、あらためて本件(三)の土地も担保の目的物件中に含まれることを明記した書面をとりつけるとともに、他方原告山口と折衝をすすめ、同年四月八日同原告との間で、被告は同原告に金七〇万円を支払い、同原告は右(三)の土地について権利を主張しないこととして右紛争を解決する旨の和解をし、右土地の所有権を確保した。

以上のように認められ、原告山口の本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定の事実によれば、被告と原告山口との間に生じた本件(三)の土地の所有権の帰属に関する紛争は、結局、原告佐藤が被告と原告山口とに対して二重に右土地の処分権限を与えたことによるものというべきであり、その結果、被告は本件物件の売却処分を早急かつ、円滑に行うため、原告山口に示談金として金七〇万円を支払うことを余儀なくされたものと認められる。従つて、右金員も前記(四)の諸費用に含まれるものと認めるのが相当である。

(六)  売却仲介手数料について

証人小林千弘及び同川副善邦の各証言によると、被告は昭和三二年ころ不動産業者である訴外山口竜に対し、本件物件の売却仲介を委託し、昭和三三年三月三一日同人の仲介によつて右物件の売買契約が成立したので、そのころ同人に対し、右売却仲介手数料として、売買代金一、六〇〇万円の二パーセントにあたる金三二万円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

従つて、右の手数料は、前記(四)の本件物件売却のための諸費用に含まれるものである。

(七)  以上認定のとおりであるから、被告の原告佐藤に対する債権の総額は前記(一)ないし(三)の各債権及び(四)ないし(六)の諸費用の合計金二、〇五二万七、五三七円である。

六  以上三ないし五で認定判断したところに基づき、原告佐藤主張の前記一の約旨に従い清算をすると、本件担保の目的物件の適正な処分価額金一、九〇〇万円と原告佐藤の被告に対する債権額金一三二万二、九二二円の合計金二、〇三二万二、九二二円から、被告の同原告に対する債権額金二、〇五二万七、五三七円を控除することになるが、後者が前者を超えることは明らかであるから、被告が同原告に対して支払うべき清算剰余金は存しないものというほかない。

してみれば、被告に対し、清算の結果剰余があるとしてこれが支払を求める同原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第二原告山口の請求について

原告佐藤がもと本件(三)の土地を所有していたこと、被告が昭和三三年三月三一日日本レールに対し、右土地を本件(一)、(二)の土地及び(五)の建物とともに売却したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告山口は、被告は本件(三)の土地に対して何らの権限を有しないのに、敢えてこれを処分し得るものとして、右のとおり売却したと主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえつて、前記原告佐藤の請求について認定したところ(特に三及び五の(五))によれば、被告は遅くとも昭和三二年二月一〇日には本件(三)の土地について原告佐藤から売却の委託を受けていたことが認められるうえに、その後原告山口との間に生じた右(三)の土地の処分権の帰属をめぐる紛議は、同年四月八日成立した和解により解決されたことが明らかである。

なお、同原告は、右和解契約は被告の詐欺によるものであるから取消すとか、被告の債務不履行によりこれを解除したとか主張し、同原告の本人尋問の結果中には、右主張にそう部分もあるが十分な裏付けを欠くのでたやすく措信し難く、他に右主張事実を肯認するに足りる的確な証拠はないから、右の主張はいずれも採用できない。

従つて、前記の主張事実の存在を前提として被告に対し、不法行為による損害の賠償を求める原告山口の本訴請求は、更に立入って判断するまでもなく、理由がない。

第三以上のとおり、原告らの各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上泉 佐藤栄一 園尾隆司)

別紙 物件目録〈省略〉

別紙 遅延損害金計算表〈省略〉

別紙 税額表〈省略〉

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